年越しそばの由来。

多くの食習慣と同じように、年越しそばの由来にも諸説あり。

一般に江戸時代の中頃からよく知られているのは

「細く長く」にかけた長寿祈願説。

そのほかそば粉は組成上、切れやすいことから「1年の災厄を断ち切る」という説や

「江戸時代に金座、銀座などの加工所で、金粉・銀粉などを集めるのにそば団子を使った」

「金箔を延ばすのに使われた」という縁起物としての解釈もある。

ただし、いずれも「大晦日に食べる」ことの必然性は弱く、

もともとあった習わしに、後から意味を持たせたと考えるのが自然。

その起源はどこにあるのだろうか、調べて見ました。

・鎌倉時代の「運そば」説

1242年に博多の承天寺を建立した聖一国師と、

その建立に尽力した宋の貿易商、

謝国明が不況の年末に飢えた博多町民にそばを振る舞った。

すると翌年に日宋貿易で多くの船が来航し、町が活気を取り戻した。

以来、年越しには「運そば」を食べる風習が博多に根づき、

そこから全国に広まったとする説。

ただし、当時は現在のような麺状ではなく、「そばがき」「そば団子」状のもの。

・室町時代の「増淵民部」説

室町時代に「関東三長者」のひとり増淵民部が,

大晦日に家人とそばがきを食べ、無病息災を祝ったとする説。

その際、「世の中にめでたきものはそばの種 花咲きみのりみかどおさまる」と

詠んだと言われる。

・江戸時代の「三十日そば」説

現在の「年越しそば」に近いものとしては、

江戸時代の月末にそばを食べる「三十日そば」という風習が元になっている説。

実は「三十日そば」自体、増淵家が発祥とも言われているが、

「年越しそば」として庶民に広まったのは江戸中期。

この頃には、現在のそばの形状に近い「そば切り」が定着していた。

ちなみに現在のような麺状の「そば」がいつ頃確立されたかとなると、

16世紀後半からの文献で「そばきり」という記述が、江戸をはじめ、

本州の複数か所で確認されている。現存する最古のそば店として知られるのは、

1465年創業の京都「本家尾張屋」。もっとも創業当初は、

そば店というより宮中や寺社に菓子を納める菓子司で、

当時の慣習として、そばの注文も菓子司に行われていたところから、

次第に「そば屋」として広まっていったという。

とてもいい勉強になり福岡に住んでいた時のこと、

秋になるとそばの花がとても綺麗でした。

蕎麦には、ルチンを含み健康にとても良いのです。

「細く長く」にかけた長寿祈願、切れやすいことから「1年の災厄を断ち切る」を願って、

これから我が家も家内安全・健康第一で新年を迎えたいと思います。

この一年、私の拙いブログを読んでいただきありがとうございました。

良いお年をお迎えください。

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